東谷釣行…9
「十字峡」を目指す
本流の水かさは増していた。黒四ダムの放流の後のようだ。来た時
よりも水深があり流れも強い。泳いで渡る位置から100m位下流の
滝は1m程の落差になっている。その下は白泡を吹く深みで、あの滝
まで流されたらお終いである。
今度は彼が先に飛び込んだ。水泳には相当自信があるらしい。やはり
平泳ぎだった。見ていると、飛び込んだ位置から自分より大柄な彼が
凄い速さで流されてゆく。斜めに30m位は流されていた。
マスター級の彼も必死だったようだ。
さあー、今度は自分の番だ、どうしても渡らなければならない。すると、
彼が対岸の中洲から何か叫んでいる。「ザイルを投げろ、泳いでいる
ところへ投げるから!」と言っている。
私の泳ぎに不安を感じたらしい。マスター級が不安を感じるのだから、
彼も相当ビビッたようだ。対岸にいる彼目掛けて、ザックから出した
ザイルを思い切り放り投げた。
「ザブーン!」 先程の彼が斜めに流されたの見て、なるべく直角に
短い距離で向う側に到達するつもりでクロールで夢中になって泳いだ。
20mは流されたが、なんとか対岸にたどり着いた。やれやれ—である。
水平道をしばらく歩くと、こんな危険なところもある。遠方に見えるのは
関電の換気口。向こう側から写真の左の奥へ削れた道があり十字峡へは、
回り込んで手前へと歩く。
しばらく休憩をして、足早に水平道まで登り「十字峡」を目指し歩き
出した。山側の右手は切り立った断崖絶壁で左の下方は、やはり200m
の谷である。道幅は崩れて部分的に1mも無い危険な箇所もあり、ザック
が右側の突き出ている岩に当れば反動で谷側に飛ばされてしまいそうな感じだ。
ゆっくりと慎重に通過してS字峡らしき所まできた。S字峡は、黒部川が
文字通りローマ字のSの字のように流れている所らしい。
道の端に確か「S字峡」と書いた小さな標識が有ったように記憶しているが
注意していないと通り過ぎてしまうかもしれない。よく見えなかった。
そのためか、S字峡はあまり印象に残っていない。
「十字峡」から阿曽原温泉に戻る
東谷から十字峡までの水平道は、予想よりアップダウンの落差が
小さくて比較的に楽だった。東谷出合の吊橋からS字峡を経て十字峡
までの時間は、途中で早飯を食べた休憩時間を加えても大体2時間、
予定通りである。
有名な「十字峡」に到着して記念に写真を撮った。当方は釣りが目的
だが、この十字峡を見学?するためだけに、歩いて訪れる人は少ないか、
もしくは居ないのではないだろうか。
十字峡 (再掲)
同じ十字峡という名の場所は全国に何ヶ所かあるようだが、川が十字に合流している
ので、その名が付いたらしい。以前、新潟の六日町の北でも見た事がある。それは、
単に沢が十字に合流している形だけのものだった。「何々銀座」という商店街が全国
に散らばっているようなものだ。この十字峡は水量も多く赤い花崗岩の渓流で迫力を
感じた。
登山の道すがらや阿曽原温泉宿泊の途中に通過する人のみが実物を
観ることが可能な気がする。黒四ダムから下っても、欅平から上っても、
ここは安易な物見遊山で行ける場所にはない。
「十字峡」は黒部川本谷に左岸から剣岳からの「剣沢」と右岸から
先程の東谷の一つ上流に位置する「棒小屋沢」が文字通り十字に流れ
込む場所になっていた。黒部下ノ廊下の核心部とも言えそうだ。
十字峡の見える辺りは水平道も少し広くなっていた。ここでキャンプを
するらしく焚き火の跡もあり、水場は近いので登山者の格好のテン場の
ようだ。剣沢の激流を二人で見ながら暫く休憩した。
これから暗くならない内に阿曽原温泉まで戻らなければならない。昼間
でも危険な水平道を暗くなっては歩けないし、明日の帰路の準備もある。
早々に引き上げることにした。
道々歩きながら考えた。今日、阿曽原温泉でテント泊して明日の早朝
に出発し、往路の水平道を辿って「欅平」まで戻らなければならない。
「欅平」の駐車場に着いて車に乗り込むまでは安心できない。狭い水平道
を、油断しないで帰路を無事に完了したいと思った。
途中の仙人ダムの吊橋を渡り、阿曽原温泉には夕方の明るいうちに着いた。
「十字峡」から約4時間位は掛かったと思う。早速、露天風呂に入り汗を
流した。
用意の飯を炊いて、小さな缶詰とカレーを温めた副食。それと彼が釣った
一尾のイワナのムニエルが色を添えた。こういう時は何でも美味しいが、
釣ったばかりの天然のイワナは格別だった。
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