東谷釣行…4

 

この時の出会いからイワナを確かめるまで5年も掛かるとは
夢にも思わなかった

 

 一般的に職漁師というと武骨な人物をイメージすると思うが、実際は
違っていた。

 

冬は雪原に動物を追い、春から秋には黒部川源流でイワナを釣り、想像
を絶する過酷な自然の真っただ中で生死をかけて生活していたのだから、
ギラギラした男臭い人物だろうと想像していた。

 

ところが、お会いしてみると、どことなく上品で鯔背な感じの人物だった。
当時70歳代のその風貌は、思うに「無駄な力を捨て去った後の穏や
かな姿」
だったのである。

 

辛辣でシビアな道を潜り抜けて来た人ほど「当りが柔らかくなるのかな?」
と思った。稀に虚勢を張るキツイ感じの人がいるが、多分、逆の環境で
生活していたのかも知れない。

 

「あなたの著書を読み、自分は以前から渓流釣りをやっていて、最近テン
カラ釣りを始めたがプロの釣りはどういうものなのか知りたくて、、、。」

 

 

 

水平道の梯子

要所要所に丸太の梯子が造られている。毎年点検して危険な箇所を
補修しているらしい。目的の場所へ行くには、この梯子を攀じ登っ
て通過しなければならない。

 

 

 最初は不意の来訪者に怪訝な様子だったが、少しの間を置いてから
S氏は居間に通してくれて快く応対してくれた。そして、針の種類、
毛バリの捲き方、ラインの作り方、渓流での動作・釣り方、などの概略
を説明してくれた。

 

素朴でシンプルな「仕掛と釣り方」の内容を記憶している。それと、
この時、思いがけずも「東谷」にイワナが棲息しているらしき事を
耳にしたのである。

 

今でも、その時戴いたS氏自作の「毛バリ」と「ライン」は大切に
保管してある。

 

針は、海釣り用のカイズ針に茶の鶏の毛を簡単に捲いたもの、「ライン」
は、黒の馬素を撚ったもの、竿は想像よりも胴調子(3:7位)の、昔の
竹竿を忍ばせるような柔軟な感じで腰の強い(弾力の有るグラスロッド)
3m程のものだった。

 

あとで、その時のラインを使ってみると、不思議に良い感じで水面に
毛バリが絶妙に落下して着水する。「よし!それでは」とそのラインを
見本に、同じような感じのラインを作ってみた。

 

だが、どうしても同じようには作れなかった。中空の馬素とプラスチック
の糸とでは、やはり違うらしい。

 

私は、自分の仕掛けや今までの経験、釣り場、その他をS氏にかいつ
まんで話した。そしてその時、S氏が独り言のようにボソボソと言った。

 

「昔、ダム下の東谷に結構イワナが居たな、、、。」

 

S氏の言葉や一挙手一投足に注目している私が、これを聞き逃がす筈はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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