東谷釣行…3

 

厚かましい探究心

 

 

焚き火でイワナを焼く

木の枝でも篠竹でも良いが、適当な代用の串を見つけて、イワナを
遠火で焼く。これがイワナ釣りの醍醐味の一つとも言える。

 

 

先に5年目の挑戦と書いたが、私の目的の場所は、人を寄せ付けない
残雪の障害が真夏以外は通年有る場所であるという事と、自分の休日との
関係で8月の中旬、唯一1年に一度しか行けない場所であった。

 

そこは、北アルプス・黒部川本流・下ノ廊下、本流右岸に合流する餓鬼谷
と棒小屋沢との中間点、仙人ダムの少し上流に流れ込む「東谷」である。

 

この沢に、虎視眈々とイワナ釣りの狙いを付けたのには訳けが有った。
それはある人物との出会いが発端だった。

 

当時私はテンカラ釣りに夢中になっていた。テンカラ釣りは、弾力のある
竿と自分で捲いた毛バリで釣る古来からの職漁師が用いていた釣法である。

 

ある時、たまたま目にした釣りの本で、北アルプスを本拠地に嘗てイワナ
釣りの職漁師だったS氏の存在を知った。それには、山の様子、山での生活、
毛バリ釣りの道具、釣り方、イワナの保存方法などが写真入りで詳述され
ていた。

 

実際に釣りを生活の糧としていた人の生き様、その内容には迫力があった。
当時毛バリ釣りにのめり込んでいた私を捕えて離さなかったのである。

 

果して、プロの「テンカラ釣り」とはどんなものなのか、もっと具体的に
知りたくなった。

 

自分は、一度思い立つと矢も盾も堪らずに行動する癖があり、直接S氏に
会ってみたくなった。

 

即実行、厚かましくも訪ねてしまったのである。

 

 

職漁師宅訪問

 

 

黒四ダム寄りの本流

 

 

 S氏宅を訪ねたのは禁漁の後で確か10月上旬だった。

 

場所は、3.000m級の北アルプスが間近に見える信州の「大町」である。

 

訪ねた時、S氏は留守だったが奥さんが応対してくれた。不意の訪問だし
失礼かと思い手短に訪ねた訳けをお話して帰ろうとしたが、直ぐ戻るから
と親切にも私を引き留めてくれた。

 

近くの山に松茸を採りに行っていて間もなく帰るからと言う事だった。

 

「北アルプスは見えるし、広々してて良い所ですね。」「埼玉から来たん
ですよ」「畑をやったり、悠々自適で羨ましい」などと、どうでも良い
ことを奥さんと話している内に、暫くして奥さんが言う通りに年配の男が
腰に魚篭を携え地下足袋姿で戻って来た。

 

初対面であったが一見して、その身のこなしと雰囲気から彼がS氏と
判かった。

 

篭でも良いようなものだが、私のイメージの影響は強い。

 

S氏が元職漁師という概念による錯覚、私は「釣り」で充満していて
瞬間的に腰の篭が「魚篭」に見えたのである。

 

奥さんは何かボソボソと阿吽の呼吸で話をしていた。「其処に居る男が
これこれこういう訳で訪ねてきた。」と言っているらしい。そして、
トーンを上げて、「どうだった?」と言った。

 

松茸の収穫を確認しているのだろう。よく聞こえなかったがS氏は
「ムニャムニャ」。

 

松茸は採れなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 




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