東谷釣行…7

 

いよいよ出発!

 

  黒部峡谷鉄道は快適だった。「宇奈月」から「欅平」行きの朝一番は
8時頃と記憶して
いるが、宇奈月駅前には100人位の出札を待つ人の
行列ができていた。

 

彼と私は、乗車予約の賜で、座れるかどうか不安げに待つ長蛇の行列を
尻目に先頭のグループより先に乗車することができた。

 

こういう待遇があるとは知らなかった。確実に乗れれば良い位の安易な
考えで予約したのだが、優先的に指定席扱いで列車の一番前の席に座れ
るとは思っていなかった。

 

行列で待っている人達は、予約を知らないか、もしくは知っていても
面倒な理由でやむなく行列しているのだろうと想像した。

 

幸先の良いスタートで彼と私は満足だった。多分、その時の二人の表情は
得意満面だったに違いない。機転を利かして予約しておいて良かったのだ。

 

 

 

歩きやすい水平道もある

水平道は部分的にこんな平坦な道もある。 左下は黒部川まで
約200mの断崖になっている。全部がこういう道なら歩き易いが、
こんな所は、ほんの僅かだ。

 

 

 ただ、今思うと、日電歩道を阿曽原小屋までの道すがらの写真が残って
いないのが
非常に残念である。数箇所を撮影した記憶はあるが何処かに仕
舞い込んだか、ある
いは、良く撮れてなかったので捨ててしまったかの
かも知れない。

 

「目的地東谷になんとしても到着する」ことに夢中になっていて、正直言う
と写真を撮る余裕などなかったのである。写真は後日のもので、写真が無い
とさみしいから、適当に
イメージで描いた絵や、後日撮った写真を挿入した。

 

順序立てて行程に添って写真を撮り、文章の合間に情景説明として挿入して
判り易く進めて行くのが良さそうな気がした。

 

だが、当初から、後で釣行記録を書くことになるとは思っていなかったし、
目的も違っていたから、なかなか、あっちもこっちもと言う訳には行かない。
上手い具合にはならないものである。

 

 

 

遊園地のオモチャような列車は風を切って走り左右の景色もよく見えた。
途中、黒薙
川・猫又谷・不帰谷を横切る。黒部川本流に注ぐそれらの沢は
想像以上に激流で
観光で眺めるのと違って、その凄まじい光景は遊覧気分を
打ち消し、現実に引き戻すのに充分だった。

 

その迫力は、目指す「東谷」付近の黒部川本流の険しさを思い知らせていた。
「果たして東谷出合の本流を渡れるだろうか?」不安は頭をよぎり、身の
引き締まるような感じ
でもあった。

 

トロッコ列車は、様々な目的を胸中に秘めた、そんな人々を乗せて黒部川沿い
の高所を静かにゆっくりと走り、終点の「欅平」に到着した。

 

 


 

 

初めて水平道を歩く

 

 欅平駅前から急な坂道を日電歩道まで200m登った。身体が慣れていない
から非常
にきつい。喘ぎながらなんとか平らな道に着いた。

 

前方に延々と日電歩道(通称水平道)が続いている。

 

その道を二人で黙々と歩いた。山の横壁を削って造ったのだろう、見上げる
ような高い所によく造った
ものだ。左手の眼下には黒部川中流域本谷が滔々と
流れているのが見える。晴天
で暑かった。

 

 

水平道と言われているが、それは全体的に見ての話である。各所にアップ
ダウンが有り部分的には厳しいアルバイトも強いられる。

 

山ひだを縫うように進むと、道の角度が変わって時折、心地よい風が汗だくの
身体を冷やしてくれてホッとする。帰路に気づいたのだが、水平道全体は大きく
見て勾配に合わせるように、黒部川の
流れに沿ってゆるい傾斜で造られていた。

 

折尾谷だったと思うが谷が崩れて水平道が途切れている個所が有った。毎年
雪崩に遣られて水平道を維持することが出来なかったらしく、その部分だけ
隧道になっていた。

 

やっと人1人が通れる位の狭い横穴である。幅1m、高さ1m、長さ100m
位の、もし上の岩が崩れたら生き埋めは間違い無さそうな隧道だった。

 

 

 

絵は写真が無いので見た記憶を描いたものである。右の黒い穴
が入り口で左へと通じている。中央のガレの下は川まで約200m
位あって上からの雪崩の通り道のようだ。いくら水平道を修理して
もひとたまりもないと思った。それでトンネルにしたようだ。

 

 

 懐中電灯で探りながら少しづつ進んだ。気を付けないと肩や頭を削った
岩の出っ張
りにぶつけそうになる。持参しなかったがヘルメットの必要性を
感じた。冷たい水滴が
したたり落ちる暗い中を、中腰で注意しながら、
どうにか通過することができた。

 

一般的には5時間位で阿曽原小屋まで行けると何かに書いてあったが、
自分達は
余計に掛かるだろうと6時間位を所要時間として計画していた

 

途中で上流を目指す何人かの登山グループと出合った。オリオ谷を過ぎて
道が少し広くなった辺りで、3・4人グループが道端にテントを張っていた。

 

「ここでキャンプ?」と聞いたところ、「もう駄目だ、バテバテだ、、 、。」
と苦笑いしながら答えた。汗びっしょりで、かなり参っている様子。この
場所で一晩過ごすらしい。

 

酔っ払いの話で恐縮だが、例えば2人で飲んでいるときに片方がベロベロに
酔うと片や1人は、不思議にシャンとしてしまう。同じように飲んでいても
酒が醒めてしま
うらしい。

 

街で見掛ける酔っ払いは、それが3人でも5人でも、その中の1人が悪酔い
すると、残りの数人はなぜか介抱などしたりして、それとなくシッカリして
いるから面白い。

 

特別な場合を除き複数でベロベロになっている光景をあまり見掛けない。
多分、野宿
のグループも中の1人がバテてしまったのだろう。

 

 

 

 

これは、元職漁師のS氏から戴いた毛バリである。前にも説明
したが、「海津ばり」に鶏の毛を簡単に捲いたもの。海でカイズ
を釣るときに使うハリは丈夫で鋭い。大イワナが掛かっても、容
易に曲がったり折れたりしそうになかった。(大きさは12号)

 

 

 急な上り坂を登りきった所で私は、Kちゃんを促して休むことにした。
そしてザックから
密かに持ってきた酸素ボトルを一本彼に渡した。
彼は 「そんなもの要らない」 という
表情だったが笑いながらしぶしぶ
受け取った。

 

私は、どれ程効果が有るのか試してみたかったのだ。2人でニヤニヤ
しながら吸っては吐き、吸っては吐きを繰り返した。

 

効果抜群を期待していたのだが、残念というか特別な効き目は無かった。
2人共、酸欠になるほどは参っていなかったのだろう。もっと息苦しく
動けない程の状態なら、格段の
価値があったかも知れない。

 

ヒマラヤ登攀でもあるまいし、なんとも大げさな余計な荷物、やはり
必要な携行品ではなかった。無用の長物だったが、試した結果だから
しょうがない。「いざという時の心の安心感を携えたのだ」と言い訳け
しておこう

 

さいわい2人共まだ、体力が有ったという事である。

 

 

 

 

これも、毛バリと一緒にもらったテンカラのラインである。馬素を縒った
もので、軽く、竿を振ると絶妙な感じで翔ぶ。フワリと狙ったポイントに
着水する。長年、職漁師として生活していたプロの技術が結集した
優れものである。やはり、人から教わったり、真似事ではシンプルで
有効な道具は得られない。

 

 

 暫く歩き、水平道から少し谷側に道が広くせり出した所から、黒部川
右岸に餓鬼谷
の稜線の谷間が見えた。そしてまた暫く歩いてやっと、
目的の阿曽原温泉の位置を確
認できる場所までたどり着いた。

 

左右の垂直面は山襞で、くねくねした道だから目標の阿曽原温泉も見え
隠れする。「もう少しだ、、、。」 という思いがした。小屋に着けば
温泉にも入れるし祝杯?も揚げられる。

 

何の祝杯でも良いのだ。重い荷を背負って、汗だくになり、ヨタヨタ
しながら辿り着いたのだから「無事到着祝い」かな。

 

明日はどうするか、あの滝は越せるか、天気は? 早い話、阿曽原温泉
の建屋が見えたから、まだ結構距離が有りそうだったが、着いたと勝手に
決めつけて、一時的に楽になったのを覚えている。

 

阿曽原温泉の直ぐ下の沢でラストの休憩を摂ることにした。軽量の登山靴
を脱いで冷たい沢水に足を入れた

 

 

 


 

 

 

阿曽原温泉で祝杯!

 

 「阿曽原温泉」 は黒部川左岸の高台に有った。黒部川は欅平から蛇行
しながら
此処まで続き、さらに上流の十字峡・黒四ダムを経て源流部に
至っている。ダムまで
は水平道と共におおよそ平行して流れている。

 

「阿曽原温泉」の所は低くなっていて山荘は黒部川の岸の崖の上の眺めの
良いところにあった
。 

 

約6時間で予定通りだった。山荘の空き地にテントを張る。飲み物は、
重く
ないポケット瓶のウイスキーを持参していたが、元来は二人とも
日本酒である。 

 

取り合えず、山荘の売店に行きビールを買って乾杯することにした。真夏
に汗まみれで、たどり着き、明日の楽しみを心に秘めての祝杯。

 

これぞまさに至福の時である。—「乾杯!」

 

それから、飯を炊いてそそくさと食事を済ませる。山の夕暮れははやい。
見上げる漆黒の夜空は満天の星だった。少し下った所に露天風呂があり
懐中電灯で急坂を降りてみると、コンクリートで造られた長方形の大きな
浴槽があった。

 

他に客は無く二人で貸し切り、ウイスキーを飲みながらドップリと湯に
浸かる。好い湯加減でトロンと眠くなるが、明日の期待で話もはずんだ。
間近に黒部川の瀬音を聞きながらの入湯は最高だった。

 

 

 

 

 

 




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