東谷釣行…14
東谷2連8mの滝を越えた!
「東谷単独釣行…クライマックス」
東谷出合から2連8mの滝までは2回目だから様子は判っていた。
黒部川本流から差したイワナは、魚留の滝となる二段になった8m
の滝が障害になって上流には遡上できない。本来東谷に生息する
イワナは滝から上ということになる。
まれに、増水した時に東谷上流のイワナが滝を越えて下流に下る
ことはあるかも知れないが、増水の時はイワナは川底に待機して
いる筈だから考え難い。
それはともかく、問題はこの滝をどう越えるかだった。
2連8mの滝の左岸岩盤
右側は垂直の壁面、全体を見回してもよじ登れそうな場所は
見当たらなかったが、垂直な壁面から手頃な木の枝が一本伸び
ているのが目についた。
壁面の窪みに足を掛ければ、なんとか木の枝に手が届きそうに
思えた。こういう場合、二人なら台になったり、無理して肩車
などで容易に手が届く感じがした。
「よし!ここしか無い!」
ザックから6mm3メートルのザイルを用意して、岩の窪みを
探し、右足を掛けて半分ジャンプのような感じで自分の腕ほどの
太さの枝に飛びついた。
何の木だか判らないが、折れたり、抜けたりするような木では
なかった。ブナのような感じの木だった。
「うまく行った!」
手を離せば滑り落ちてしまう。 必死になって掴んだ木にすがり
ついて引き寄せ、その上の別の木の枝に手を伸ばして握りしめた。
滝の上部は割合明るく開けて居り、約100mぐらいは平坦に
なっていた。
伏流になっているのだろうか、沢の流れは魚の居そうな水量では
無かった。少し歩くと左側の山の面に四角い人工的なコンクリート
の2メートル四方の吐き出し口が見えた。
上流から隧道を経て流れ出る(吐き出し口)
吐き出し口からは、勢いよく水が流れ出し山裾に沿って滝の方へ
と下っている。その時は水がどんな状態で流れているのか見よう
とは思わなかった。
それは、「東谷は実際に遡行可能だろうか?」ということで頭が
一杯で、とても、そんな余裕は無かったのである。
「この先はどんな渓相になっているのだろうか?」
好奇心と東谷のイワナに出合える期待である。
この辺りは、今考えると熊に出合っても可笑しくない人の匂いの
ない感じの場所だった。話に、熊出没注意などの看板を目にするが
多分、看板があるような場所には余程のことがない限り熊は出没
しないと見込んでいる。腹をすかせた余程の事情のある熊が人と
遭遇するに違いない。
上流の渓相を見たい、はやる気持ちで歩いていると何か視線のよう
なものを感じた。こういう場所だから踏み跡は無く雑草や灌木の間
を行くのだが、右側は岸壁からせり出すような林になっていた。
視線は其処からだった。それは、遠目に見て体長60cm位のフッ
クラとした黄色い体毛に覆われた「テン」だった。距離間は約20m
程、野生のテンに遭遇したのは初めてであった。テンは暫くこちらを
見ていたが、素早く身をひる返して姿を消した。
渓流釣りでは、よく「オコジョ」に出会う。岩陰に隠れたかと思うと、
姿を現し暫く静止してはこちらの動きを観察し、再び姿を隠したりし
て、遡行する道すがらに釣り人と同行する愛嬌者で人懐っこい。
テンは黄テンよりも黒テンの方が希少価値があってランクは上らしい。
元職漁師のS氏は冬に狩猟もやっていて、そんな事も言っていた。
野生のテンをカメラに納めたいとは思うが、当方メインは釣りだから、
写すには撮影専門でないと間に合わない。オコジョならなんとかなり
そうだが動きの速いテンに遭遇しても写すことは不可能に近いと思う。
やや歩いて、古いコンクリートの堰堤の上に出た。左の岩壁には、
さっき見た吐き出し口と同じような形状の取り入れ口が有った。この
取り入れ口から下の吐き出し口へと水が誘導されているようだ。
堰堤上の取り入れ口
堰堤上面の向こうに見えるのが自分の青色のアタックザックだ。写真右手が
上流で堰堤の左手が下流である。判りづらいが、東谷上流から流れてくる
水は、この位置からは見えないが、下の方の取り入れ口に流れ込んで、前の
写真の下流の吐き出し口から放水されている。
この堰堤は高さがあった。目勘定で20m以上は有りそうだった。
この堰堤を降りなければ東谷の上流には行けない。
「さて、どうしたものか、、、。」
前方に上流部が見える。あまり水量は無かったが流れの両側は切り
立った岸壁になっていた。堰堤を降りられたとしても、その先の
遡行が見るからに難しそうだった。
東谷の流れ
堰堤から見た上流部、下の写真の流れが堰堤の取り入れ口に
流れ込んでいる。
「とにかく、この堰堤を降りなければならない。」
持参のザイルは40m、どこかに結び付けて堰堤の垂直面をぶら
下がって降りるしか方法がない。その場合、ザイルが下まで十分な
余裕をもって届いていなければならない。
ザイルはダブルで使うから40mではどう見ても足りない。60m位
必要な感じだ。
下まで降りられたとして、登りは、最下部にザックを固定して補助
ロープを2本のメインロープにそれぞれ結び(帯型シュリンゲでも
兼用)、二段または三段の梯子にして、両端をずらしながら、足を
掛けて登るつもりでいた。
上手く行くかどうか神のみぞ知るところで、駄目な場合は大変でも
山を高巻く事になるかも知れない。
本格的なロッククライミングの知識も経験も乏しいから、渓流釣りの
今までの経験を活かせる範囲でやるほかはなかった。以前、何度も
きわどく危ない経験もしていて、一例として滝壺に墜落したことも
何回かあったが、その都度なんとかなったのである。
しかし、それはそれとして大体が堰堤が高すぎる。何処を見渡して
確かめても下降できそうにない。それと、前方の両岸絶壁の上流の
様子に意欲が萎えてしまった。無理してロープで降りて途中で宙ぶら
りんになったら一巻の終わりは明らかだ。
やることは好奇心で無茶だが無理はしない。2連8mの滝を越えて
念願の東谷を見ることは出来たし、イワナは確かめられないが、
上流はどうなっているかも判ったから、ほぼ目的達成と自分を納得
させた。
堰堤を降りて、峡谷に竿を出し、東谷のイワナを釣ってみたかった
が、ここまでで断念することにした。
帰路、2連8mの滝をロープで降りて黒部川本流右岸の東谷出合に
戻った。確か時間は、昼前だったように記憶している。
本題の黒部川支流東谷がどんな沢なのかは見る事は出来たし、おお
よその目的は達成できたように思う。長いザイルを持参して再度挑戦
も考えられるが、この辺が潮時と思った。東谷のイワナを釣ることが
出来なかったのは非常に残念だがやむを得ない。
実は帰路のそれからが大変だったのである。疲れからか辺りの大小の
岩が幻想で人の顔に見えたり、黒部川本流が増水していて渡れず対岸の
自分のテントを眺めながら夜明かし、8月とは言え標高の高い場所の
夜中の寒さは身に応えた。
ここは国立公園、焚火は厳禁だったが人の命が掛かるケースバイケース
である。幸いなことに乾燥した材木が川岸に沢山有ったから、有難く
利用させてもらうことにした。
対岸に設置してあるテント
このテントで寝られれば充分休めたのに、対岸から
眺めているだけであった。
最終のトロリーバス発車のアナウンスが、黒部川の谷を縫って微かに
聞こえていた。それだけ静寂であった。
対岸のテントに衣類があるというのに寒さでほとんど寝られなかった。
翌朝の帰路は、トロリーの駅までの登り道はフラフラの状態で地獄
だったが、無事に帰ることができた。
黒部川本流の深みには30cm以上のイワナが群れていたのを昨日の
ごとく覚えている。お粗末な釣行記だが、忘れられない思い出である。
完
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