東谷釣行…10
帰路は同じ道を戻って「欅平駅」
早朝、阿曽原温泉を出発した。今回の釣行は「東谷」のイワナを確認
するのが目的だったが残念ながら達成できなかった。またの機会と
いうことである。
やはり頼れるのは自分独りだけ、「来年は独りでアタックしてみよう」と
歩く道々考えた。この時は単独でもなんとかなりそうな気がしていた。
山歩きは、往路よりも帰路を注意するように言われている。ザックの中身
は僅かな食料が減っただけで背負う重量は殆ど変らない。むしろ、疲れ
とイワナを確認できなかった事で気分的に余計重く感じていた。
だが不思議なもので、一度通った道は未知の道よりも思ったよりも苦に
ならない。全体に大きな下り道になっているからかも知れない。
折尾谷の小さな危険なトンネルを通過し、阿曽原温泉と欅平の区間の
5分の4ぐらいまで黙々と歩いた。あと少しで「欅平駅」である。
その時、思いもよらない事態になった。
身体の調子が悪くなったのである。最近はやりの熱中症のような症状で
フラフラして歩けなくなってしまった。
「ここで少し休んで行く、悪いけど、先に行って駅で待っててくれ、少し
休めば大丈夫だから」とKちゃんにお願いした。
雪のデブリ
雪が崩落して川に落ちているところも何個所か有った。真夏でも雪が残り、
直射日光の温度と何かの衝撃で崩れたのだろう。それでも想像するに、朝晩の
冷え込みは想像以上に厳しいに違いない。
私は彼の後ろ姿を見ながら木陰に腰を降ろして休んだ。そして色々と
考えた。「水分は充分補給していたのに何でだろう?」
私は汗かきの方である。良く言えば新陳代謝が活発で、飲んだ水分は
たちまち汗になってしまう。かといって飲まない訳には行かないから
度々飲むが、それが疲労を倍加させていたようである。
「そうか!」私は気が付いた。塩分が汗と一緒に出てしまった為かもし
れない。ザックに塩分、塩分、塩分、、、。
「そうだ、インスタント味噌汁の味噌の塩分だ。」急いで袋に入った練り状
の味噌を探し当てて絞り出して急いで舐めた。
話は余談だが、以前に「ゴロ」という犬を飼っていたことがある。犬の名前
などどうでもいいことだが、はじめは「クマ」と名付けようと思っていた。
シェパートと柴犬の雑種で、生まれて一か月位のコロコロと太った子犬を
知人から貰ってきた。
足が太くガッシリしていて色は黒茶色、直感で「熊」を連想した。結局、
犬だから「クマ」は止めにして見掛けから「コロ」と名付けようとしたが、どう
見ても野性的でゴツイ感じだったので「ゴロ」という名前にした。
その「ゴロ」が、成犬になっていたが、ある真夏の暑い日に今でいう熱中症
になった。グッタリ横になり息も絶え絶えになってしまったのである。
夢中だったがバケツで二杯水をぶっかけバターを口になすり込んだ。
身体を冷やす事と塩分補給を咄嗟に考えてのことだったが、運良く「ゴロ」
は元に戻って元気になった。
その時の事を思い出して自分に当てはめてみたのであった。
なんと、しばらくして(5分ぐらい)気分が元に戻った。塩分不足がフラツキ
の原因だったらしい。「さあ!それでは」と急いでKちゃんを追った。
余計なロスタイムだが15分位の遅れであった。
彼は駅で待っていてくれた。駅は人でごった返していたが、それほど待た
ないでトロッコ列車に乗車できた。
東谷のイワナは残念ながら確認できなかったが、天候は良く、「未知の渓流
の探索」は、ここまで何とか無事に到着できて一応、現地を確認できたし
楽しい釣行だったと言えると思った。
この時も、内心密かに目論んでいた
「何としても東谷の2連の滝を越えてみよう。今度は独りで!」
思いは、ますます増幅していた。要するに、今回の「東谷釣行」は、
最初で最後ではなく結果的に出発点だったのである。
「東谷単独釣行・・・1年目」
東谷は黒部川下ノ廊下のほぼ真ん中に位置している。
東谷に行くには黒部川下流の、黒部渓谷鉄道の「欅平」から水平道を
黒部川沿いに上るか、上流の大町の「扇沢」から黒四ダムを経て同じく
水平道を下るかの2通りの方法がある。
前にも書いたが、水平道(日電歩道)は、人を寄せ付けない残雪の障害
が真夏以外は通年有る場所で、何も用事の無い人は別にして、仕事が
有って数日の休みを利用して行く人にとっては、8月中旬の盆休みの
1年に一度しか行けない場所にあった。
普通は単独で釣行することを躊躇するかも知れないが、未知の物への
好奇心と期待で「何としても東谷の2連の滝を越えてみよう。今度は独り
で!」という私の考えに変わりはなかった。
昨年のKちゃんと行った釣行は中途半端なのである。予期しないアクシ
デントとか、行く手を阻む場面に遭遇したとかならばともかく、少し頑張れ
ばなんとか行けそうな感じのところを、止むを得ず引き返してしまった事が
残念であった。
あともう少しのところで目的を果たせないで断念したことは、さらに未練で
再度挑戦したくなるものだ。
ある冒険家(笑われるかも知れないが私にとっては冒険)が言っていた。
「目的達成途中での断念は再び遂行したくなるが、無理をしないで引き
返す勇気は必要! チャンスは作るもの。」
日電歩道(水平道)
写真のような落差の日電歩道は少ない。部分的にアップダウンが現れる。
真夏である。重いザックを背負って歩いていると汗が吹き出てくる。一つの
目的に向かって黙々と歩くが、登り坂になると、かなりキツかった。
どうしても、「東谷」の黒部川との出合近くにある2連の8mの滝を越えて
東谷核心部を、この目で見たいと思った。
大体の要領は得ているので道具や装備は揃っている。期日はやはり8月
中旬が狙いだ。今度は黒四ダムから下る計画を企てた。
「扇沢駅」から「黒四ダム駅」までのトロリーバスはトンネル内を走る。
以前に二度利用したことがある。一度は黒四ダム観光バスツアー、二度目
は毛バリ釣りの仲間と黒部川上流の釣行である。
黒部上流の釣りで印象に残っているのは、あいにくの雨の中を黒部ダム
の登山道を左岸から右岸へ船で渡ったこと。それから、東沢山小屋の上流で
ヘチに放り込んだ毛バリを40センチぐらいのイワナが跳び付いたことである。
数センチの浅瀬に大物が潜んでいるとは想定外だったので、合わす間もなく
バラしてしまった。
あとは、帰路、全員疲れていて、たまたま船頭にお願いして左岸の出来るだけ
ダム近くの船着き場まで忖度してもらったことである。
また、この時イワナの刺身を初めて食べた。川魚は体内に小さな虫が居ると
よく言われる。まして、中・下流のものは生で食べる気はしない。ここは黒部川
上流だからと食べてみた。釣ったばかりのイワナは身が柔らかい。
仲間に慣れた者が居た。イワナは包丁で捌かれ、玉網に入れて冷たい川の
水で晒され、丁度良い硬さになった。
「ワサビが有ればな、、、。」と言うと、目の前にワサビが出てくる。用意周到で
ある。この時のイワナの刺身は旨かった。
「扇沢駅」では登山者が多いためか、人間と登山ザックを区別された。「黒四
ダム駅」で降車のときに、別車両に積まれた荷物を受け取る仕組みだった。
ザックを背負い、改札口からダムの排水溝沿いに降りて黒部川に架かる橋を
左岸に渡った。ここからが、黒部川下ノ廊下の出発点だ。ダム放水前で黒部
川本流の流れの水量は思ったより少ない。
アップダウンを繰り返し歩いた。途中に崩れたような岩場があった。歩きながら
よく見ると、大石のゴロゴロ崩れたらしい場所に花が手向けてある。遭難者の
供養だろう。この場所で岩が上から落ちてくれば一たまりもない。
遭難者に手を合わせて通過した。真夏なので直射日光の下は結構暑かった。
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